急性毒性
経口
ラットのLD50値として、250 mg/kg (HSDB (Access on June 2016))、440 mg/kg (環境省リスク評価第1巻 (2002)、IARC 27 (1982)、ACGIH (7th, 2001)、PATTY (6th, 2012)、 DFGOT vol.26 (2010))、442 mg/kg (EU-RAR (2004)、DFGOT vol.26 (2010))、780 mg/kg (EU-RAR (2004)、DFGOT vol.26 (2010))、930 mg/kg (EU-RAR (2004)、DFGOT vol.26 (2010))、440~1,072 mg/kg (CEPA (1994)) との6件の報告がある。1件が区分3に、5件が区分4に該当することから、件数の最も多い区分4とした。
経皮
ラットのLD50値として、670 mg/kg (DFGOT vol.26 (2010))、1,400 mg/kg (HSDB (Access on June 2016)) の2件の報告があり、1件は区分3に、1件は区分4に該当する。 ウサギのLD50値として、820 mg/kg (環境省リスク評価第1巻 (2002)、EU-RAR (2004)、DFGOT vol.26 (2010))、840 mg/kg (IARC 27 (1982))、1,540 mg/kg (EU-RAR (2004)、DFGOT vol.26 (2010)) の3件の報告があり、2件が区分3に、1件が区分4に該当する。 件数の最も多い区分3とした。
吸入: ガス
GHSの定義における液体である。
吸入: 蒸気
ラットのLC50値 (4時間) として、250 ppm (換算値:0.95 mg/L) (EU-RAR (2004)、IARC 27 (1982)、PATTY (6th, 2012)) に基づき、区分2とした。 なお、LC50が飽和蒸気圧濃度 (405.94 ppm (1.55 mg/L)) の90%より低い濃度であるため、ミストを含まないものとして ppm を単位とする基準値を適用した。
吸入: 粉じん及びミスト
ラットのLC50値 (4時間) として、478 ppm (換算値:1.82 mg/L) (EU-RAR (2004))、479 ppm (換算値:1.82 mg/L) (DFGOT vol.26 (2010))、2,100 mg/m3 (換算値:551.3 ppm (2.10 mg/L)) (CEPA (1994))、839 ppm (換算値:3.19 mg/L) (DFGOT vol.26 (2010)、EU-RAR (2004)) の4件の報告に基づき、区分4とした。 なお、LC50が飽和蒸気圧濃度 (405.94 ppm (1.55 mg/L)) より高い濃度であるため、ミストとして mg/L を単位とする基準値を適用した。
皮膚腐食性及び皮膚刺激性
ウサギの皮膚刺激性試験において紅斑が3日以上観察されたが浮腫の発生はなかった (EU-RAR (2004))、また、ウサギの皮膚にごく軽度の紅斑が見られたが8日以内に回復したこと (EU-RAR (2004)) から、区分に該当しない (国連分類基準の区分3) とした。
眼に対する重篤な損傷性又は眼刺激性
ウサギに適用したドレイズ試験で重度の角膜混濁、重度の結膜発赤および浮腫が観察され、適用8日以内では回復せず8日目にはパンヌス形成が確認されたこと (EU-RAR (2004))、ウサギ6匹に適用後3日以内の角膜、虹彩、結膜の平均スコアが約52/110であったこと (EU-RAR (2004))、また、ウサギに適用した別のドレイズ試験では角膜混濁は適用後2日以内に回復し、結膜刺激は2日以内に最大に達したが観察期間の4日以内には回復しなかったこと (EU-RAR (2004)) がそれぞれ報告されている。以上を総合すると、ウサギの眼に重度の刺激性を示し、角膜、虹彩、結膜の平均スコアが52 (最大110に対し) であり、かつ7日以内に回復しなかった知見があることから、区分2Aとした。
呼吸器感作性
データ不足のため分類できない。
皮膚感作性
日本産業衛生学会は皮膚感作性第1群を勧告し (産衛誌 55 (2013))、モルモットを用いた皮膚感作性試験のSingle Injection Adjuvant Test (SIAT) では陽性率50%、Magnusson Kligman testでは陽性率10%であった (EU-RAR (2004)) ことから、区分1とした。
生殖細胞変異原性
本物質の分類には塩酸アニリン (CAS番号 142-04-1) のデータを含む。In vivoでは、ラットの腹腔内投与による優性致死試験で陰性及び不明確な結果の報告、マウスの腹腔内投与、経口投与、ラットの経口投与による骨髄細胞小核試験で陽性、陰性の結果、マウスの混餌投与による末梢血の小核試験で陽性、マウスの腹腔内投与による骨髄細胞染色体異常試験で陰性、ラットの経口投与による骨髄細胞染色体異常試験で陽性、陰性の結果、マウスの腹腔内投与による骨髄細胞姉妹染色分体交換試験で陽性、マウス又はラットの腹腔内投与による肝臓、腎臓、脾臓等を用いるDNA鎖切断試験、コメットアッセイで陽性、陰性の結果が報告されている (NITE初期リスク評価書 (2007)、EU-RAR (2004)、CEPA (1994)、DFGOT vol. 26 (2010)、IRIS (1990)、NTP DB (Access on June 2016))。In vitroでは、細菌の復帰突然変異試験で陰性、哺乳類培養細胞の遺伝子突然変異試験、マウスリンフォーマ試験の多くで陽性、哺乳類培養細胞の小核試験、染色体異常試験、姉妹染色分体交換試験の多くで陽性である (NITE初期リスク評価書 (2007)、EU-RAR (2004)、IRIS (1990)、ACGIH (7th, 2001)、DFGOT vol. 26 (2010)、CEPA (1994)、NTP DB (Access on June 2016))。以上より、ガイダンスに従い区分2とした。
発がん性
【分類根拠】 (1)~(6)より、区分1Bとした。旧分類からIARCの分類が変更されたため、発がん性項目のみ見直した(2021年)。
【根拠データ】 (1)国外の分類機関による既存分類として、IARCでは(2)~(6)のデータを踏まえて従来のグループ3(IARC (1987))からグループ2Aに変更した(IARC 127 (2021))。 (2)塩酸アニリン(CAS番号 142-04-1)を被験物質としたラットへの2年間混餌投与による発がん性試験において、3,000~6,000 ppmで雄に脾臓や体腔内臓器の線維肉腫又は肉腫(非特定)及び血管肉腫の発生増加がみられた。また、雄に副腎の褐色細胞腫、雌に脾臓や体腔内臓器の線維肉腫又は肉腫(非特定)の増加傾向がみられたとの報告がある(IARC 127 (2021)、NITE初期リスク評価書 (2007)、AICIS IMAP (2013)、EU RAR (2004)、IRIS (1990)、NTP TR130 (1978))。 (3)塩酸アニリンを被験物質としたラットへの2年間混餌投与による発がん性試験において、10~100 mg/kg/dayで雄に脾臓(間質性肉腫、血管肉腫)、精巣鞘膜中皮腫(30 mg/kg/dayのみ)の発生増加がみられた。なお、雌では腫瘍の発生増加がみられなかったとの報告がある(IARC 127 (2021)、NITE初期リスク評価書 (2007)、AICIS IMAP (2013)、EU RAR (2004)、IRIS (1990))。 (4)塩酸アニリンを被験物質としたマウスへの2年間混餌投与による発がん性試験において、6,000~12,000 ppmで腫瘍の発生増加はみられなかったとの報告がある(IARC 127 (2021)、NITE初期リスク評価書 (2007)、AICIS IMAP (2013)、EU RAR (2004)、IRIS (1990)、NTP TR130 (1978))。 (5)本物質は生体内ではその塩酸塩との間でpH依存性の酸-塩基平衡が成立する。したがって、発がん性の分類は本物質と塩酸アニリンの双方に適用できる(IARC 127 (2021))。 (6)IARCは本物質とその塩酸塩の発がん性に関して、ヒトの証拠は不十分であるが、実験動物での証拠は十分であり、さらに機序的にヒトに対して発がん性のある芳香族アミンのクラスに属することから、グループ2Aとした(IARC 127 (2021))。
【参考データ等】 (7)本物質は機序的に、芳香族アミンのクラスに属し、このクラスの複数の物質(4-アミノビフェニル(p-フェニルアニリン)、2-ナフチルアミン、o-トルイジン(o-メチルアニリン)等)はグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類されている(IARC 127 (2021))。 (8)本物質のヒトの発がん性に疫学研究として、コホート研究や症例対照研究で膀胱がんの誘発を懸念する報告はあるが、いずれも本物質単独ばく露ではなく、o-トルイジン等、他の膀胱がん誘発物質との共ばく露下における研究報告に限られる(IARC 127 (2021)、DFG MAK (2018)、NITE初期リスク評価書 (2007)、EU RAR (2004)、IRIS (1990))。
生殖毒性
ヒトの生殖影響に関する情報はない。実験動物についても本物質自体のデータはないが、塩酸アニリン (CAS番号 142-04-1) を用いた試験結果が本物質の分類に利用可能と考えられる。すなわち、塩酸アニリンを妊娠ラットに強制経口投与した発生毒性試験において、母動物にメトヘモグロビン血症がみられる用量で、胎児に肝臓相対重量の増加、平均赤血球容積 (MCV) の増加が、また出生児には生後0日にMCVの増加、生後2日に雌の体重減少がみられた (厚生労働省アニリン有害性評価書 (Access on August 2016)、EU-RAR (2004))。また、塩酸アニリンをラットに皮下投与した試験でも、母動物にメトヘモグロビン血症 (25~42%メトヘモグロビン)、胎児に口蓋裂、心臓及び肋骨の奇形がみられ、母動物毒性による二次的影響といえ (厚生労働省アニリン有害性評価書 (Access on August 2016))、無視できない発生影響と考えられる。以上、塩酸アニリンを用いた実験動物での発生影響に基づき、塩酸アニリンの生殖毒性の分類結果を区分2としたことから、本項も区分2とした。
特定標的臓器毒性 (単回ばく露)
本物質の急性中毒はメトヘモグロビン形成に因るものであり、チアノーゼ、意識障害、呼吸困難、痙攣などを引き起こし死に至る可能性があると述べられている (ACGIH (7th, 2001)、EU-RAR (2004)、NITE初期リスク評価書 (2007))。実際にヒトで誤飲や自殺企図による摂取、あるいは職業ばく露により、めまい、昏睡、錯乱、蒼白、チアノーゼ、呼吸困難などの症状が報告されており、その症状は総ヘモグロビン中に占めるメトヘモグロビンの量に依存すると記述されている (EU-RAR (2004)、NITE初期リスク評価書 (2007))。以上より区分1 (血液系、神経系) とした。なお、実験動物でもラットの急性経口または吸入ばく露で振戦、チアノーゼ、虚脱など (EU-RAR (2004))、ネコの急性経口ばく露で喘ぎやチアノーゼなどの症状とメトヘモグロビン生成 (NITE初期リスク評価書 (2007)、EU-RAR (2004)) が報告されている。
特定標的臓器毒性 (反復ばく露)
ヒトにおいて、アニリン製造工場従業員の多くにチアノーゼのほか、頭痛、めまい、嚥下困難、悪心、嘔吐、胸部及び腹部の痛み又は痙攣、脱力、動悸、不整呼吸、瞳孔収縮 (光に対する反応性あり)、体温異常、呼気及び汗のアニリン臭、暗色尿がみられ、重症時には肺浮腫、尿及び便の失禁がみられている (NITE初期リスク評価書 (2007))。 実験動物では、経口経路、吸入経路とも複数の試験が実施されており、いずれの経路においても区分1の範囲で血液系への影響 (メトヘモグロビン血症、溶血) とそれに関連する二次的影響が認められている。 以上のように主に血液系と神経系に影響が認められた。 したがって、区分1 (血液系、神経系) とした。
誤えん有害性*
データ不足のため分類できない。なお、HSDB (Access on May 2016) に収載された数値データ (粘性率: 4.35 mPa・s (20℃)、密度 (比重): 1.0217 (20/20℃)) より、動粘性率は4.26 mm2/sec (20/20℃) と算出される。
* JIS Z7252の改訂により吸引性呼吸器有害性から項目名が変更となった。